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レゴブロックを積みあげる。 



写真

最近の娘のはやりはピアノの上に
そびえ立つレゴブロックの塔を建てることである。

下のじゅうたんでほぼ完成させてから上で組み立てることもあれば
ピアノによじ登らんばかりの勢いで、着々と積み上げることもある。

で、崩れる。
当たり前だけど、崩れる。

よっぽどの苦労でそびえ立ってるものを
気軽にいじったりするので、またしても、崩れる。

で、そのたびに「ギャオー!!」と絶叫とともに泣き叫ぶのであった。

そのギャオー!!がひどくて、私としては嫌で、
「もうやめたら?」とか言うのだけど、
ひとしきり泣いた後、また涙を流しつつ積み上げにかかるのだ。

ブロックを組み立てているときに「それ、楽しいの?」と聞くと、
「悲しい」と言う。
「出来上がったら、楽しい」と言う。

それが、なんか分かるんだけど、分からんと言うか、
やめたらー?もうその流行り面倒臭いからやめてよーと毎度思う。


楽しいだけが遊びではないの。ね。

積み上げ、積み上げ、崩れ、泣き、悲しい思いの中また積み上げ、
出来上がりを誇らしげに自慢する。

この繰り返し。


なんでも人生の断片に重ねてもいかんと思いつつ、
同じようなところあるなあと思う。

楽しいだけが良きことではなく、
途中経過はむしろ苦しいことの部類に入ったりして、
崩れ、泣き、もうやめようかと思うことがあっても、

そびえ立つ塔を夢見て、その誇らしげな瞬間を信じて、
また積み上げる。


一度崩して、また積み上げて。



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